栄養・食事や運動に対して、どこか苦手意識を持たれている方々のために活動していきたい‼ また、将来寝たきりなどの介護状態にならない為に、若い世代から健康意識を高めて欲しい‼ そのような思いから、単なるプライベートや趣味について、いろいろごちゃまぜりんなブログです(・∀・)

2016年05月04日

Fヒストリー〜学童期その4〜

こんばんは(・∀・)

将来介護を必要としない身体作りを推進する松戸市の健康運動指導士・管理栄養士のFトモ(藤田朋子)です(・ω・)

ちょっと久しぶりではありますが、誰得かよくわからないFヒストリーでも(・ω・)

まぁ今までのFトモの歴史をツラツラ書いている自己満シリーズでございます(・ω・)


Fヒストリー前回までのあらすじはコチラ
↓↓
------------------------------------
誕生から幼年期
学童期その1
学童期その2
学童期その3
------------------------------------

どうも自分の過去を振り返ってみると、大して良い思い出がないので、気が滅入ることもありますが、人生山あり谷あり。

4.体育苦手だったFトモが唯一好きだった運動


今でこそ健康運動指導士として、運動の良さや重要性を説いたり、エアロビクス指導や介護予防体操を行ったり、プライベートでも時間さえあればトレーニング室でバーベル担いだりプールで泳いだり、ヨガやZUMBAを受講していますが、もともとFトモはインドアな女の子。

幼いころから煩わしい人間関係が苦手だったので特に友達も作らず、家の中でゴロゴロしながら、読書とお絵かきと科学者ごっこ(幼年期参照)と図鑑眺めているのが好きでした。

学校はそんなに好きではなく、授業の中では体育が一番大嫌いで苦手で、特にダメなのがマラソンw

毎年マラソン大会はどうにか病気にならないかと願ったものですが、よく食べていた子供だったので病気はおろか、風邪はほとんどひかず・・・

そして痛いのは嫌なのでケガもするわけもなく、仮病を使ってもスグ顔に出るタイプなので(嘘が下手)休めませんでしたorz

マラソン大会なんて、運動会同様、体育が苦手な子にしてみたら拷問みたいなもので、何であんな長距離を走らねばならないのか。

大体毎年ビリに近い順位だったし、もっと嫌なのがみんながゴールした後、かなり遅れてビリ組がゴールした時、

「よく頑張った!!エライぞ!!」という雰囲気で拍手で出迎えられる瞬間。

正直、「放っておいてくれ」とも思う。
個人的に、やって欲しくない事リストのトップ3に入ると思っています。
(ちなみに他の2つは、「近くの席の子5〜6人で給食を食べる」「身体測定の記録係を同級生がやる」)

他にも跳び箱は飛べたことないし(多分今でもできないと思う)、鉄棒はまぐれで逆上がりができる程度。
マット運動もダメ(奇跡的に柔軟性は優れているけど)。

集団の中に入るのが苦手だったので、チームでやることが多いスポーツはほぼ無理。
(特にドッヂボール、バスケ、キックベースとかは、当時は存在そのものが意味不明でした)

・・・とまぁ、学童期その2と被る内容書いちゃいました。でもこのように、どの運動もダメなのですが、特にダメだったのが、実は水泳でした。

泳ぐどころか洗面器の水に顔すらつけられない状況でした。

小1〜2はプールの授業が地獄のように感じ、当時は軽い体罰は当たり前だったので、先生からビート板で叩かれたり、潜れないのに無理矢理沈められたりもして怖かったものです。

でも、「泳げなくても水辺に行かなければ死にはしない(・ω・)洗面器に顔を付けられないけど、顔を洗うことは出来るから問題ない。」と開き直っていましたが、この様子を(多分)見かねた親に連れられてスイミングに引きずられるように連れていかれました(´・ω・)

今は産婦人科になっていますが、松戸駅の踏切近くに「スイミングスクエア」という施設があって、そこで水泳を習っていました。

当時は小3。

水泳の一番最初の関門である「潜る」「伏し浮き」「けのび」からのスタート。

周りは幼稚園〜小1の子がほとんどで、しかも平均的な小3よりも大きかったので、さぞかし目立ったことでしょうwwwww

だけど、水に対して強い恐怖心を持っていたし、とにかく最初の関門の「潜る」が本当にできなくて、年下の子たちがどんどん進級しているのに、Fだけ「潜る」で手こずっているというwww

多分「潜る」だけでかなりの時間を要したような・・・

だけど、この時の先生が本当に良い人だったのは今でもしっかり覚えています(`・ω・´)

学校の先生のように、ビート板で叩いたり、無理矢理沈めることは決してせず、Fトモのペースに合わせて下さり、水の恐怖心をなくすところから丁寧に指導して下さいました。

そして奇跡は起こった!!

「潜る」ができるようになってから、とんとん拍子で「伏し浮き」「けのび」は難なくクリアし、キック(バタ足)は何段階かあったのですが、飛び級してスグに4泳法の段階へ。

この時思った。

能力の違う集団の中だとどうしても置いてけぼり状態になってしまうような子でも、その子のペースや能力に合わせた適切な指導を行えば、いくらでも可能性が開けることを。

陸上ではどうしても身体の大きさや重さが原因で動くのが億劫だったのに、水中だと重さは感じないし、陸上とは違う感覚(フワフワ浮いている感じ)と、陸上での運動神経関係なく、練習すればしっかり結果として残る水泳が大好きになっており、「将来は水泳の先生になる〜(^ω^)」とまで言い出す始末www
※ただ、これに関してはまさか20代前半に短い期間ではあったものの、実現するとは微塵も思いませんでしたw

そして、ある程度泳げるようになると、今度は「もっと速く泳げるようになりたい!!」と思い、続ける気マンマンだったわけですが、小5で引っ越しをした関係上、通うのが難しくなり退会してしまい、選手コースに進むどころか実はバタフライをしっかり教わることができませんでした(´・ω・)

今、バタフライはかろうじてできますが、本当に「かろうじて」です。

でも、腰が痛いので「別にいいや(・ω・)他の3つができるし、監視員時代にやった巻き足や逆あおりは出来るし」と開き直っt(ry


それから随分と水泳とはかけ離れた生活を送っておりましたが、ひょんな事からプールの監視員をやり、水泳レッスンを担当するまでになっていたので、本当人生どうなるかわからないものです。


Fトモが持っている自作の名刺の裏に、「初心者向けの水泳レッスン」と明記してありますが、これは小学生の頃、あまりに水が怖くて泳げなかったけど、適切な練習をすることによって水泳が大好きになった経験から、

「運動神経や運動の経験関係なく、取り組めます。決して速く泳げるような指導はできませんが、水の恐怖心をなくし、水泳を好きになってもらいたい。」

という想いの下で書きました。


万が一、おぼれたりしなければ、水泳は本当に良い運動だと確信しております。

ゴールデンウィークが過ぎ、しばらくしたら本格的な夏!!

今まで水泳はやってこなかった方も、ちょっと挑戦してみてはいかがでしょう?

  

ランキングに参加しています(・∀・)
1日1クリックで応援お願いします(・∀・)
↓↓

フィットネス(全般) ブログランキングへ
posted by Fトモ at 23:51| Comment(2) | Fヒストリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月17日

Fヒストリー〜学童期その3〜

こんばんは(・∀・)

千葉県松戸市を中心に活動&活躍する(予定の)健康運動指導士・管理栄養士のFトモです(・ω・)

さて、もはや誰得なのかよくわからないFヒストリーを更新します。

Fヒストリー前回までのあらすじはコチラ
↓↓
------------------------------------
誕生から幼年期
学童期〜その1〜
学童期〜その2〜
------------------------------------

今回も暗黒の学童期編。

予定通り「〜がイヤだった」シリーズは今後も書きますが、連続で書くと気が滅入るので、違った話題でも書こうと思います。

最初に言っておきますが、良い思い出ではないので・・・すみませんw

3.薬の洗礼を受けた日
薬と書くと、話題的に清原元プロ野球選手を連想しがちですが、ここでの薬は解熱剤です。

あれは忘れもしない、小三の夏(当時8歳)。

運動が苦手でしたが、よく食べるので、身体は割と丈夫な方で、風邪は滅多にひきませんでしたし、インフルエンザも小1の時しかかかりませんでした。

病院も耳鼻科(慢性鼻炎と蓄膿症)くらいしか行っていませんでした。

そんなFトモが夏の暑い日に珍しく風邪をひき、熱を出しました。

両親もFトモも夏風邪かと思い込み、休んでいましたが、3日くらい経っても一向に熱が下がらない。

真夏にも関わらず、暑さに弱いFトモが「寒い」という始末。

そこで、病院に行き、理由はわかりませんが妙に大きくて太い注射で血液を抜かれた後に薬を処方され、当然飲むことに・・・

小さい頃から薬は本当に嫌いです。例え自分の好物に混ぜられてもスグにわかったそうで、F父が一番驚いたのはソフトクリームに混ぜてもスグ吐き出したエピソードだそうですw

だけど、小三ともなると「薬飲むのは仕方ない」とわかってきていますし、それに当時は「薬を飲めば病気は治る」と思い込んでいました。

だけど、この後生死の境をさまよう大事件が起きました!!

とりあえず処方された通りに飲んで、寝ました。

そうしたら、夜中に今まで感じたことのない寒気がし、F母が布団や毛布を何枚もかけても一向に寒気がおさまらない。

その内意識が遠くなり、正直その後は何も覚えていません。

意識が戻ったのは熱が下がってからで、どうやら救急搬送もされたみたいです。

詳しくは全然わからないのですが、解熱剤が強く効きすぎてしまい、一時的に低体温と肝障害が起きてしまったそうです。

※ちなみに今はF肝臓はピンピンしておりますw
きちんとお休みの日も設けておりますw
肝臓も労働基準法守らないとね(・∀・)

この事件が起きてから、薬に副作用があることを初めて知り、8歳ながらに

「薬はカンペキじゃない。」
「薬を飲んでも病気が治るとは限らない。」


と気付きました(`・ω・´)


それから、飲み薬は極力避けるようにし、薬を飲まなくてもすむ身体になろうと思っています。

熱が出たら素直に休む!!

ただ、社会人になってから「ただの熱で仕事を休むのはご法度」と教わったので、日々の体調管理に気を付け、どうしても熱が出て出勤しなくてはいけない時は解熱剤を通常服薬量の半分にしています。


時々、必要以上の薬を処方されている方を見かけますが、一体どれだけ身体に負担がかかっているんだろうと感じます。

医療費はどうなっているんだ??とも・・・

薬はあくまで症状を和らげたりするためのものであって、完治させるものではありません。

一度、薬で死にかけたからこそ、薬に頼りすぎない身体に近づく為に・・・健康維持・増進、介護予防の観点で運動や栄養の重要性を伝えていきたいです。

そのためには、基本である運動・栄養・睡眠の3本柱をしっかりさせないといけないですね(・∀・)

  

ランキングに参加しています(・∀・)
1日1クリックで応援お願いします(・∀・)
↓↓

日記・雑談 ブログランキングへ
posted by Fトモ at 23:43| Comment(0) | Fヒストリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月10日

Fヒストリー〜学童期その2〜

こんばんは(・∀・)

FOODとFITNESSで最高の未来(Fabulous Future)を目指す、千葉県松戸市在住の健康運動指導士&管理栄養士のFトモです(・∀・)

また気が向いたので、空気読まずにFヒストリーアップしますw


Fヒストリー前回までのあらすじはコチラ
↓↓
------------------------------------
誕生から幼年期
学童期その1
------------------------------------

さて、入学初日から嫌な目にあってきましたが、他にもいろいろ嫌なことがありましたw
※しばらく嫌な思い出シリーズになりますが、ご勘弁を💦

2.体育と身体測定がイヤだった

5歳の時点で、当時10歳のF兄とほぼ同じ身長な時点で、Fトモが相当大きい子供だったことは容易に想像つくと思います。
(といっても、F兄は小食で小柄ということもありますがw今は不健康な感じに膨張してますがw)

当然、クラスの中でもかなり大きかったので、何をしても目立つ感じでした。

例えば、黒板の文字を黒板消しで消す時や、朝教室に入る行為だけでも、「デカい」というだけで相当目立ち、クラスメートの視線が徐々に好奇な・・・珍しい生き物を見るような感じになっていったのははっきり覚えています。

今でこそ、人前に立って視線が集中することはまぁまぁ平気ですが、当時はこの周りからの視線が本当に怖かったものです。

段々目を合わせるのが怖くなり、今でも慣れていない方と話す時は目を合わせられるようになるまで時間かかります(´;ω;)

さて、こうデカいと当然何を着ても迫力があります。

今の若い子は知らないだろうけど、20年以上前の女子の体操服ってブルマなんですよ(・ω・)

あれ、今考えても意味不明だし、当時も正直意味不明でした。

お腹がめちゃめちゃ出ていたし、当然お尻も大きい。

なにより、他の女の子の倍以上の太さだった脚を出すのが幼いながら本当にイヤで、おまけに運動がキライということもあり、毎回体育の授業を見学する方法を考えていました。

仮病も考えましたが、よく食べていたおかげで風邪とは無縁で顔色も良かったので、嘘は通じませんでしたw

2年生くらいの時、担任に「どうしてもズボンを履きたい」と懇願しましたが、当時は”子供の人権”などという便利な考えもなく、「他の子は履いているのに、何であんただけ履きたくないの💢」とよく怒られたものです(´・ω・)

そして、相変わらず運動が超苦手だし、身体が思うように動かないので、体育の授業は何もできなかった。

かろうじて5年生になった時に逆上がりができたくらいかな(・ω・)
なぜか柔軟性は人一倍優れていました(高校生くらいまでは本当に柔らかくて、体育の授業時の見本にもなった。)

それ以外は・・・

走るのも遅いし、跳び箱・マット運動(でんぐり返し)は多分今もできないと思う。
というか、やりたくない(・ω・)

そしてもっとイヤだったのが、年度初めにある身体測定(・ω・)

あれ、他の学校だとどうだか知りませんが、Fトモが通っていた小学校は保健室の先生が測定するんだけど、その記録係がクラスメートの内の1人。

正直意味がわからない。

身体が大きいコにしてみたら、ものすごい地獄ですよ(´・ω・)

先生も割と大きな声で、次々と身長・体重を声に出すから自分の体重を言われるのが本当にイヤだった。
当時、守秘義務とか個人情報保護なんていう考えはなかったしね。

そして、記録係のコが「だれだれの体重が何kgだった。あいつ超デブだよwwwww」とか違うクラスのコとかにも言いふらすんですよ。

当然、それが原因でからかわれることはしょっちゅうあったし、「痩せたい」と思っても、今みたいに栄養と運動の知識がないから、自分の身体が大きい理由が運動不足とエネルギーオーバーだったということすら知らなかった。

「痩せたい」「華奢になりたい」「身長低くしたい」・・・そう思う内に、自然と背中を丸め、少しでも低く見えるようにしたかった。。。

下ばっか向いていたから余計に背中とお腹に肉はついてきましたけどねw

下向いててよかったことは、クラスメートと目を合わせなくて済んだことと、道端で小銭を見つけられたりしたくらいです(・ω・)



しかし、今思うと何だかんだ背が高いというのは、一種のステータスでもありますし、「子供の頃は大きかったから、いっそのこと175cmくらいまで伸びても良かったんじゃないか。むしろそこまで伸びて欲しかった。」と感じています。

何も背中丸めて生活しなくてもよかったなって思う(・ω・)

おかげで今も姿勢が悪いし、何か力が抜けるとすぐ猫背になる。
これに関しては、骨盤の使い方がまだしっかり出来ていないというのもありますが、今後改善する努力をします。




何かあくまで主観で、しっかりしたデータを見たわけではないですが、どうも以前と比べると背中が丸まっていたり、身体の大きい小学生が多く感じられます。

身体の大きさは程度によると思いますが、それよりも背中丸めて地面みるくらいなら、シャキッと正面むいて歩いてほしいな(・ω・)


さて、Fヒストリー〜暗黒の学童期編〜はまだまだ続編がありますw
ただ、この学童期編はその後のFトモの将来を考えるきっかけが次々と起こる時期でもありました。

とにかく、また気が向いたら更新します(・ω・)ノ


  

ランキングに参加しています(・∀・)
1日1クリックで応援お願いします(・∀・)
↓↓

日記・雑談 ブログランキングへ
posted by Fトモ at 18:46| Comment(0) | Fヒストリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月05日

Fヒストリー〜学童期その1〜

気が向いたので、Fヒストリー更新しますw

Fヒストリー前回までのあらすじはコチラ
↓↓
------------------------------------
誕生から幼年期

------------------------------------

今思うとよくわからない不思議な幼年期を過ごし、でも小学校に入学するのを楽しみにしていました(・∀・)

理由は、おばあちゃんに年長さん1月の時点で学習机とランドセルを買ってもらい、いままでお下がりのモノばっか着てきた&使っていたFトモにしてみたら、物心ついた時点での初めて自分の為の新品のモノw

別に物欲がすごいとかそういうわけではないですが、それだけでなんか嬉しかった(・ω・)

幼稚園があまり好きではなかったから、小学校が楽しみでしたが、入学初日から嫌な目にあい、一瞬で大嫌いな場所になりましたw

ちょっとした大事件を起きたんです。

名前順でも、誕生日順でも、どう考えても出席番号は真ん中あたりになるハズなのに、なぜか一番最後・・・

そして、Fトモの机とイスだけが他の子と違う(´・ω・)


後から知ったのですが、なんか学校側のミスでFトモは入学しないことになっていたらしい。。。

それが直前にミスだと気付き、急遽名前と机&イスを準備したそうな(・ω・)

今の性格なら

「あ(・∀・)なんだか知らないけど、特別席だぁ〜www」

と笑って許せるけど、6〜7歳の子供にしてみたら自分が迎え入れられなかった感じがしてすっごく悲しいもんですよ(´・ω・)

余談ですが、3年生の時のクラス替えの時も全く同じことが起き、教員からいじめられてんじゃないのかと思いました。

そして、嫌いになる要因は他にもいろいろありましたw

1.先生とウマが合わなかった


どういうわけか、小学6年間は担任の先生とのウマが合わなかった。

原因は小学1年の時の算数の授業。

足し算で普通は「1+1=2」と言うところを、Fトモは「1+1=1」と言い切っていましたw

なぜ2になるのかわからなかった。

それは、例えば「1つのりんごが2つあれば1+1=2」であるが、「1杯の水と1杯の水を、ちょっと大きめのコップに入れると1杯になる」というところからwww

それを先生に言った次の日から何かいちいち注意されるようになりましたw

ハンカチを忘れてしまったこととか、授業中に消しゴムを落としたこととか、鉛筆の芯がとがってないとかetc...

何か目の敵にされていましたorz

他にもイヤなことが多々ありますが、長くなるので次回以降にしますw

とりあえず、次回のFヒストリーは、以下の項目(予定)に触れてみようと思いますw

------------------------------------
2.体育と身体測定がイヤだった
3.軽い発達障害or適応障害があった?
4.給食の時間がイヤだった
5.集団行動がイヤだった
------------------------------------

ってロクな思い出ないですねw

  

ランキングに参加しています(・∀・)
1日1クリックで応援お願いします(・∀・)
↓↓

日記・雑談 ブログランキングへ
posted by Fトモ at 23:49| Comment(0) | Fヒストリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月26日

Fヒストリー〜誕生から幼年期〜

みなさん、こんばんは(・ω・)

介護予防に力を入れている千葉県在住の健康運動指導士&管理栄養士のFトモです(・∀・)

突然ですが・・・
今回から不定期で・・・気が向いた時に今までのFヒストリーを公開していこうと思います(`・ω・´)

目的としては、

●今までの人生を思い出し、今後にどう活かすか客観的に見るため
●Fトモという人物を知って欲しい
●運動が苦手で大嫌いだったのに、何で今の職業に就いているのか知って欲しい


といった感じでしょうか(・ω・)


長くなると思うので、数回にわけて更新します(・ω・)

第一章「誕生から幼年期」

今でこそ身体は大きい方ですが、生まれた時は標準よりも結構小さめ(未熟児ではない)で生まれたそうです。

F家の第二子、待望の女の子(・ω・)

両親が教員だったので、割と厳しく(といっても、最低限のマナーをしつけられた感じ。外から帰ってきたら靴を揃える、肘ついて食事しない、とか。)でも、何だかんだ結構ちやほやされながら育てられましたw

最初、小さく生まれたものだから両親は心配もしたそうですが、赤ちゃんの頃から食べるのが(もちろん離乳期までは当然母乳保育だけど)大好きで、小食のF兄とは真逆だったらしいw

3歳の時点で、大人1人前の定食も平らげていたそうなw

あっという間に大きくなり、5歳の時点で当時10歳のF兄とほぼ同じ身長だったというwww

ちなみに当時は他のコ同様、野菜が大っ嫌いで好きな食べ物はごはん、肉(特にから揚げ)、卵、チョコレート(笑)
でも炭酸はどうしてもダメでした。
(今も炭酸は飲めません。だからアルコールが好きだけどビール飲めません。野菜はセロリ以外なら大好きです。)

食べることと、なぜか絵本よりも図鑑を見るのが大好きで、幼稚園から帰ってきては、真っ先に図鑑を眺めていました。

特に好きだったのが、動物・植物・宇宙・人体(!)について(・ω・)

後は、一人で「かがくしゃごっこ」遊びをしていましたwww

どんな遊びかっていうと、ペットボトルをビーカーやフラスコ代わりにし、絵の具で色付けした水を数種類用意して、混ぜて遊んでたというwww

確かに理科系の事が好きだったけど、何て不気味で地味な遊びをしていたんだろうと思うw

実はこの幼年期の時点で他人とのコミュニケーションをとるのが苦手で、運動も苦手でした。

コミュニケーションに関しては、多分もともとの性格もあったのかもしれません。

どういうわけか、思っていることをうまく言葉に表せない、他人とどう接してよいのかわからない状態だったのですが、それに関しては6歳の時点で「べつにほかのコにあわせなくてもいいや。」と悟りました(笑)

おかげで幼稚園児にして一人行動全くのへっちゃら人間になりましたw

ただ、この様子を見た親が「まずい!!」と思ったのか、うまくママ友の子供と接する機会を多く設けていたので、一応仲の良い友達は2人いましたがw

後は、近所の健康増進センターで毎週土曜日にあるコーラスの習い事に無理矢理通わされて、何とか他の子供と接する機会を設けられていましたw

このコーラス、実は後々Fトモの人生を考える一つのきっかけになりますが、それはまた今度・・・

運動に関しては・・・当時はかけっことか鉄棒とかそういった類の運動でしたが、

・まず家に帰ったら部屋に閉じこもって図鑑ばっか眺めている
・基本的に友達とは遊ばない
・身体が大きすぎてうまく動けない

という状況w

特に身体が大きいというのが本当にネックで、鉄棒だと身体が持ち上がらないし、かけっこは本当に遅くて、いつもビリだった。

もちろん、「鉄棒できるようになりたい」「速く走りたい」と思っていましたけど、やる度に下手くそで遅くてみんなの笑いものにされていたので、段々嫌になっていき、大学院生になるまでずっと運動嫌いなままでいました(´・ω・)

基本的に子供って競争心とかあるから、他のコができるのに自分ができない・・・となると一生懸命克服しようとするのだそうですが、やっぱこの時期に強い劣等感感じると競争心削がれると思います。

だからかな(・ω・)

今運動指導する時、安全性はもちろん大切にしていますが、なるべく相手には「できない」といった劣等感を感じさせないことを優先にしているのは(・ω・)
といってもFトモの説明が足りず、結果的に劣等感感じさせているかもしれませんがorz

Fトモはキッズ対象の運動指導したことないし、考えていないからわかりませんが、もし今後キッズ向けの運動を提供するのであれば、最低でも強い劣等感だけは与えないようにしたいものです。


まぁこんな感じで、ちょっと普通ではない赤ちゃん&幼稚園児でしたw

さて、この後学童期はどうなることやら(苦笑)


  

ランキングに参加しています(・∀・)
1日1クリックで応援お願いします(・∀・)
↓↓

日記・雑談 ブログランキングへ
posted by Fトモ at 23:58| Comment(0) | Fヒストリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする