栄養・食事や運動に対して、どこか苦手意識を持たれている方々のために活動していきたい‼ また、将来寝たきりなどの介護状態にならない為に、若い世代から健康意識を高めて欲しい‼ そのような思いから、単なるプライベートや趣味について、いろいろごちゃまぜりんなブログです(・∀・)

2019年02月12日

命日と介護予防へのきっかけ

数あるブログの中からご訪問ありがとうございます☆

「将来、介護を必要としない!」をコンセプトに活動中の管理栄養士・健康運動指導士のFトモこと藤田朋子です(・∀・)

こんな深夜にすみません。
世間は3連休でしたね。


Fトモにしてみたら、世間的な休日とか関係ないので正直どうでも良いのですが(むしろ平日働いている人が多い中、休む方が好き。昼間の外出は空いているし、謎の優越感に浸れるからw)、今回の3連休は日本列島全体が寒く、雪も降って、何だか大変でしたね(・ω・)

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お犬様の足跡ってカワイイ

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さて、ここからはちょっと重苦しい話題になると思うので、苦手な方はスルーして頂いて構いませんが、3連休初日の2月9日は、Fトモの愛犬の命日です。

もう7年経つのか・・・

今まで、というかここ数年書かなかったのは、やはり思い出すのがつらかったから。

あえて無理矢理忙しくして、忘れずに・・・でも思い出さないようにしていた・・・というのが本音かもしれない。

12歳の時から飼い始め、当時は「犬は12〜13年しか生きられない」と聞いていたものの、12歳のFトモはその「命の期間」そのものがピンとこなかった。

だって、その当時で12歳だから、「12年って長いな〜。ずっと一緒にいられる。」と本気で思ってた。


時は過ぎ、愛犬が13歳を過ぎた頃(Fトモ25歳)だったかな。

特に大きな病気もケガもなく、臆病だけどめっちゃ利口だったのに、なんとなく体調が悪そうで、病院に連れて行ってしばらくしたら


・突然けいれん発作(癲癇だった)を起こす
・室内で粗相をする
・昼夜逆転になって、夜中に一本調子な鳴き声でずっと鳴き続ける
・前進だけして方向転換や後進が出来ず、部屋の隅でずっと固まっている
・常にボヤ〜っとした表情
・今まで出来ていたことがだんだんできなくなってきた
・家族を認識していない

などなど、一気に老化が進んで、あっという間に認知症になった。

今までずっと元気でいたから、こちらとしても特に予防とか対策とか全くしていなかったのですが、どうやら柴犬は認知症になりやすい犬種だそうで、7歳くらいから対策した方が良いらしいです。

当時、社会人一社目の契約社員としてプール監視員やトレーナーをしつつ健康運動指導士を取得し、安い給料(良くて月14万円)と長時間労働(月200時間程度だから、今思うと長時間でもなかったけど)にブツブツ文句を言いつつ、すぐにそこで正社員になって管理栄養士もその社内で活かせるように、そして人々の健康維持・増進、生活習慣病予防にも目を向けた事業を社内に提案して実行したい・・・と密かに思っておりました。

でも、愛犬の認知症や介護を目の当たりにして、認知症などの「要介護状態を予防する」という発想が全くなかった自分に気付きました。

介護予防の考え自体はもっと前からあったはずなのに、「なんで今まで気付かなかったのだろう」と感じました。

そして、子供の頃からいつも一緒にいたはずなのに、「なんで小さな変化にも気付かなったのだろう・・・」と自分を責めた。


高齢による食欲低下、多分認知症による「食べ方を忘れる」もあったかもしれませんが、13kgだった体重はあっという間に約半分の7kgになって、ガリガリにやせ細った。

体重10kgにも満たない犬の介護でさえ、かなり大変だったのは今でもはっきり覚えている。

同時に、当時はとにかく正社員志向が強く、「どんなに汚い手を使ってでも絶対正社員になる!」と意気込んていた時期でもあり、それでも愛犬のことは絶対無視できるわけなかったので、可能な限り介護もして、仕事もとにかく無理してた。

常にイライラしていて、でも帰ったら「息していなかったどうしよう?」という不安も抱え、親からは「いつ正社員になれるんだ?」のプレッシャーも常にかけられ、正直生きた心地はなかった。

そうこうしているうちに、愛犬の老化はどんどん進んで行き、白内障も出てきて、ほとんど見えてなかったと思う。
自力で食事も飲水もできず、抱きかかえて専用のスポイトで口に入れて、最終的には歩けなくなった。

介護は1年で終わった。


7年前の2月9日の夜、21時半に仕事が終わって、いつもならちょっと寄り道するところを、何となく胸騒ぎがして確認してみたら「ずっと苦しそう」と言われ、猛スピードで自転車すっ飛ばして帰宅し、その数十分後に息を引き取った。

その次の日は、運よくFトモは仕事が休みで滞りなく葬儀ができた。
立場的に「勤務希望が出しにくい私に気を使ってくれたのかな」って思った。


その時、死んでしまった悲しさやむなしさはあったけど、同時に「介護が終わったことによる安堵感」もかすかにあった。

介護の終わりは「死」を意味し、その「死」を悲しみつつも❝安堵する❞という、どこか矛盾めいたことを感じてしまった自分がいた。


・・・あれ?これ、なにかおかしくない?


そして、それから介護予防について調べていく内に、老老介護問題、虐待、介護疲れによる殺人、介護離職などの世の中の出来事も知り、高齢社会において介護は避けられない問題ではあるものの、

「もっと予防に力を入れることはできないか」

と強く感じるようになりました。

予防は完璧ではありません。
予防したところで、おそらく要介護になる人がいる反面、何もしなくてもピンピンコロリな人もいる。

だけど、一度介護状態になってしまったら、日本においては約10年は介護を必要とし、介護をする側もされる側も大なり小なり負担があります。

決して介護自体が悪いと言ってるわけではありません。

ただ、自ら希望して、もしくは自分の親に介護状態になって欲しいと思う人はおそらくいないと思ってます。

誰しも多少健康を害したとしても、最低限の身の回りの事は自分自身の意志の元でやり続けたいと思っている人が多いと思います。

何より、体重10kgにも満たない、期間も1年の犬の介護でさえ大変なんだから、人間の場合は想像以上に大変だ。

それが、Fトモが介護予防に力を入れようと決心したきっかけです。

誰に何と言われようと、極論世界中の人間全てを敵にまわしたとしても、これだけは譲れない気持ちです。


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↑↑
愛犬が眠っている場所。
柴犬の置物が大分色褪せました。おまけに雪積もらせてしまって申し訳ない・・・

置物は色褪せているけど、気持ちや思い出は色褪せてません。


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posted by Fトモ at 01:36| Comment(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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